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損害賠償請求控訴事件
【事件番号】 東京高等裁判所判決/昭和56年(ネ)第316号
【判決日付】 昭和56年6月30日
【判示事項】 建物について設定された未確定根抵当権を過失によって消滅させた場合と損害賠償額算定の基準時
【判決要旨】 被担保債権の元本の未確定の根抵当権の設定登記のされた建物の譲受人が過失によって建物を取り壊し、根抵当権を消滅させた場合において、右建物の譲渡当時、根抵当権設定者が、建物の譲受人が建物を取り壊す目的で買い受けることを知っており、かつ根抵当権の被担保債権発生の原因となる継続的取引は客観的には継続せず、新たな元本債権は生じない状態にあり、しかし、右根抵当権の被担保債権である根抵当権設定者の根抵当権者に負っている債務の弁済期が到来していたものであるときは、建物の譲受人が根抵当権者に対して根抵当権侵害に基づいて負う損害賠償債務の金額の算定の基準時は、根抵当権消滅の時(根抵当権侵害の時)である。
【参照条文】 民法709
民法398の2-1
【掲載誌】 金融・商事判例631号36頁
金融法務事情984号60頁
【評釈論文】 金融法務事情1002号18頁
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
理 由
一 請求原因4の事実及び控訴会社において本件建物を取り毀したことは当事者間に争いがなく、《証拠》によると、請求原因1、2の事実及び控訴会社は、昭和五四年九月八日、訴外野地昭男から本件建物を買い受け、同月一三日その旨の所有権移転登記を経由したが、その数日後、控訴会社代表取締役小玉健五が現場で指揮をして、被控訴人に無断で本件建物を取り毀したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて、被控訴人は、本件建物の取毀しにより右根抵当権が消滅するに至つたため損害を蒙つたことが明らかである。
二 《証拠》によると、控訴会社は不動産業者であり、本件建物の敷地二六五平方メートルを含む島根正太郎所有の約六〇〇坪の土地を他に転売する目的で島根から買い受けたが、その地上には野地所有の本件建物が存在したので、同建物をも買い取つた上でこれを取り毀し、右土地全体を更地として売却するため、島根との土地買受の交渉と並行して野地との間で本件建物買受の交渉を行い、土地と建物の売買契約がほぼ同じころに成立したこと、控訴会社において、島根及び野地との契約締結の交渉に当たつたのは控訴会社で不動産売買の契約締結の職務を担当していた日戸規夫であるが、同人は、野地との交渉の過程において、野地は島根を含む複数の債権者に相当多額の債務を負担しており、そのうち島根に対する債務のみでも約一三、〇〇〇、〇〇〇円にのぼつていることを野地から聞かされており、野地に対して控訴会社が支払つた本件建物代金三、五〇〇、〇〇〇円も、日戸の立会いの下に、そのまま島根に対する債務の弁済として野地から島根に支払われたこと、日戸は、本件建物の買受に際し、被控訴人のための根抵当権が存することについては、野地から何ら説明を受けず、登記簿も閲覧せず、登記簿謄本を確認することもしなかつたため全く知らなかつたこと、日戸は、控訴会社に対する所有権移転登記手続のため、野地から本件建物についての野地名義の登記済証を預かり、これを司法書士に交付して右手続を委任したが、その際も、右登記済証の記載内容からは抵当権が存在することに気がつかなかつたこと、日戸は右登記手続の後、まだその旨の登記の記載のある登記簿謄本の交付も受けられない間に、直ちに、小玉健五に対し契約の締結ができ、移転登記手続をした旨の報告をし、その報告を受けた小玉は、その数日後に、自ら現場で指揮をして本件建物を取り毀したこと、控訴会社においては、小玉も、日戸も、右取毀しの後、一両日経つてようやく本件建物の登記簿謄本の交付を受け、初めて被控訴人のための根抵当権が存在することを知つたこと、控訴会社は、島根から買い受けた約六〇〇坪の土地を、昭和五四年一〇月ごろ他に転売したことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。
したがつて、本件建物の取毀し当時、日戸においても、小玉においても、被控訴人のための根抵当権が存在することは知らなかつたものと認められるが、本件のように他人が所有していた建物を買い受けて取り毀すに当たつては、それに先立つて、その建物について第三者の権利が存在しないかどうかを十分調査し、そのような権利が存在しないことを確認した上でこれを行うべきであり、特に本件建物のように登記がされている建物の場合には、その点を登記簿によつて確認することが当然必要であつて、建物の構造がどのようなものであつてもそれによつて異るところはないといわなければならない。そして、弁論の全趣旨によれば、控訴会社は、さして大規模の会社ではないことがうかがわれる上、不動産業者であつて不動産の権利関係の調査等については知識、経験を有し、ごく容易にこれを行い得たものであり、島根の所有土地に関する右取引は相当高額のものであつて、控訴会社代表者においても、日戸が本件建物について、野地との売買契約を締結し、司法書士に依頼して所有権移転登記手続をとつた直後、その旨の報告を受け、建物の取毀しも自ら現場で直接指揮して行つている状況にあるのであるから、小玉としては、取毀しを指示し、指揮するに当たつては、右のような点について、登記簿の調査を含む十分な調査、確認がなされていることを自ら確かめた上でその指示をするべきであつたのにこれを怠つたため、被控訴人のための根抵当権が存在することに気づかないまま、本件建物を取り毀し、右根抵当権を消滅させるに至つたものというべきである。してみると、控訴会社代表者小玉健五は、その職務を行うにつき過失により被控訴人の根抵当権を侵害したものというべく、控訴会社は、これにより被控訴人の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
三 そこで、損害額について検討する。
《証拠》によると、本件建物は昭和五五年度の固定資産家屋課税台帳になお登録されており、その評価額は一、六一九、六〇〇円となつているが、昭和五四年当時においても、その実際の価格は二、〇〇〇、〇〇〇円以上であること、本件建物の敷地に近い越谷市東越谷二-九-三の土地の昭和五四年度の公示価格は一平方メートル当たり七二、六〇〇円であるが実際の売買価格はこれを上回つていること、したがつて、前記敷地についての借地権付の本件建物の時価は、昭和五四年当時少なくとも一〇、〇〇〇、〇〇〇円を下らなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、前記認定のとおり、昭和五四年九月当時、野地は、多額の負債を負担していたばかりでなく、右認定の事実によれば、控訴会社においては本件建物を取毀しの目的で買い受けるものであることを知悉しながら、控訴会社の買受交渉に応じ、被控訴人のための前記根抵当権が存在することを告げずにこれを売り渡すという挙に出て担保の目的物を滅失させるに至らしめたものであるということができ、したがつて、本件建物の売却当時、右根抵当権の基本となる被控訴人と野地との間の継続的取引は客観的にはもはや継続すべき状態になく、新たに右根抵当権の担保すべき元本は生じない状況にあつたものというべきであり、しかも、被控訴人の野地に対する前記貸金債権の弁済期は既に到来していたのであるから、本件建物に対する根抵当権の消滅によつて被控訴人の蒙つた損害の算定については、根抵当権消滅当時被控訴人の有した右債権額を基準とすべきものであるが、当時における借地権付の本件建物の価格は右のとおり一〇、〇〇〇、〇〇〇円を下らなかつたと認められるから、被控訴人は少くとも右資金元本四、五〇〇、〇〇〇円相当の損害を蒙つたものというべきである。
四 よつて、控訴会社に対し、右損害の賠償として金四、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する右不法行為の後である昭和五五年三月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、本件控訴は棄却する。(裁判長裁判官 園田 治 裁判官 菊池信男・柴田保幸)