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最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決(香川判決)
「特定の遺産を特定の相続人に『相続させる』旨の遺言は,物権的効果を伴った遺産分割方法の指定であり当該遺産はただちに当該相続人に承継される」と判示した。
◆特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言の解釈
◆特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合における当該遺産の承継
◆特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
◆特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される。
主文
理由
三
被相続人の・・・・から、
遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、当該相続人も当該遺産を他の共同相続人と共にではあるが当然相続する地位にあることにかんがみれば、
遺言者の意思は、右の各般の事情を配慮して、当該遺産を当該相続人をして、他の共同相続人と共にではなくして、単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり、
遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではない。
そして、右の「相続させる」趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は、前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって、民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外ならない。
したがって、右の「相続させる」趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。
そしてその場合、遺産分割の協議又は審判においては、当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることはいうまでもないとしても、当該遺産については、右の協議又は審判を経る余地はないものというべきである。
もっとも、そのような場合においても、当該特定の相続人はなお相続の放棄の自由を有するのであるから、その者が所定の相続の放棄をしたときは、さかのぼって当該遺産がその者に相続されなかったことになるのはもちろんであり、また、場合によっては、他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。
原審の適法に確定した事実関係の下では前記特段の事情はないというべきであり、被上告人が前記各土地の所有権ないし共有持分を相続により取得したとした原判決の判断は、結論において正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官香川保一 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)
上告代理人小川正澄、同小川まゆみの上告理由
一、従来の判例、学説及び実務
八、登記手続について
原判決は、「登記実務において、分割方法の指定と解される遺言によって相続を登記原因とする所有権移転登記を認めている」ことも、自説の根拠としている。しかし、法務局の登記実務の後追いをするのが、裁判所のあるべき姿であるとは情けない。
九、原判決の解釈論自体の欠陥
従前の裁判例及び実務の通説は、東京高裁・・・に至るまで、一貫して次の立場を堅持して来た。すなわち、
被相続人が特定の相続財産を特定の共同相続人に取得させる旨の遺言をした場合には、
特別の事情のない限り、これを右特定の財産の遺贈とみるべきではなく、
遺産分割において右特定の財産を当該相続人に取得させるべきことを指示する遺産分割方法指定(民法九〇八条)とみるべきものであり、
もし右特定の財産の価額が当該相続人の法定相続分を越えるときは、相続分の指定(同法九〇二条)を併せ含む遺産分割方法の指定をしたものと解すべきで、遺言自体によって当然に、当該特定の共同相続人が、その指定による取得分につき単独所有権を取得し得るものではなく、法律の定める遺産分割の手続において、遺言の指定及び遺留分に関する規定に従って遺産の分割が実施されることにより、初めて、相続開始の時に遡って各人への権利帰属が具体化するものである。したがって、いまだ右遺産分割の手続が行われていないときは、当該特定の相続財産は、なお遺産共有の状態にあり、特定の共同相続人の単独所有となるには至っていないものと解すべきである。
というのである。
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この見解に反する下級審裁判例は公刊された裁判例集、法律雑誌には見出せないし、本件第一審裁判所もこの見解に従ったものであることはいうまでもない。
上告人は昭和六三年三月二八日の原審口頭弁論期日及び同年五月二三日の口頭弁論期日において、本件においても、遺産分割手続がなされるべきで、本件訴訟で問題となっている土地以外にも、他に僅かながらカツの遺産もあるようだし、上告人及び第一審被告三郎は、被上告人らに対し遺留分の減殺請求権を行使している旨主張し、相続税申告書の財産目録(これは証拠調された)のほか別紙添付の被上告人らに対する遺留分減殺請求の内容証明郵便を乙第八号証の一ないし五として提出しようとしたところ、原裁判所は「その必要はない。」と撤回するように促された。上告代理人は、原裁判所が既に本件一ないし六の各土地が遺言者カツの所有であったことについての心証を得なかったか、少なくとも従前の判例に従った判決をするつもりで、遺留分減殺請求についての主張立証をさせないものと察知し、訴訟指揮に従ったのである。けだし遺留分減殺請求の主張立証を許すことは、裁判所の法律見解を示すことになり、遺留分の額ないし割合につき、審理するには、相当の弁論と鑑定等をする必要があり、訴訟が遅延することは疑いないからである。
しかし、原裁判所が従前の判例を変更し、遺産分割の手続を要せず、遺言によって被上告人が相続開始後、本訴を提起した時点で、所有権を取得するとの見解を採用するのならば、原裁判所は上告人が遺留分減殺請求をした事実についての立証をしようとしたのを撤回させるどころか、遺留分減殺請求の事実の主張、立証を促すべきであって、原裁判所は明らかに釈明義務を誤ったものである。何故なら、遺留分減殺請求の事実は、事実審の口頭弁論終結前に存在した事実資料として既判力により遮断されるおそれがあるからである。
上告人は、遺留分減殺請求について準備書面において縷説しており、前記のように、その証拠の提出までしたのであるから、原裁判所は上告人が遺留分権を有することを十分知っていたはずで、遺留分減殺請求の事実について主張、立証を促さなかったのは明らかに釈明義務を怠ったものであり、訴訟促進をはかるあまり、面倒な審理をさけたのは、審理不盡のそしりを免れない。
以上いずれの点よりするも原判決は違法であり破棄されるべきである。
以上